#50 クムという存在

うちのクムは本当にカリスマチックだ。

というかカリスマだ。

三歳の頃からフラを習っている彼は、

“I am Hula”と自身でも言っていたように、

まさに”フラの人”、です。

この前のレッスンのとき、あらためてその言葉が浮かびました。

なんとなく彼のオーラが見えたんです。

すごく不思議な感覚で、ちょっとクラクラしました。

クムに満ちている気が溢れていました。

美しかった。

フラはベースとしてテクニックが必要です。

表現するためにはまずベーシックの練習あるのみです。

でも、テクニックじゃない部分というのは、

”クムが発するもの”から吸収していくんだなあと、

クムをぼーっと眺めながら思いました。

そして、こうやってハワイに来られて彼のレッスンを受けられることに

改めて奇跡を感じました。

このホノルルで彼のレッスンを毎週受けられる。。

人は欲張りだわ。

そんな奇跡のようなレッスンにさえ慣れてきてしまう。

クムの存在は大き過ぎて、私は気軽に話したりできないし、生徒も多いので、

私のことなんかクムは気にも留めていないんだろうけど、

この前のレッスンの時、カラアウを使った曲を練習していたとき、

ああ、今日はクムと通じているなあと思ったことがありました。

見本を見せるために、クムが私のカラアウを、”貸して”と来て持っていったのです。

一列目にいたという理由が一番大きいですが、一列目にいるのは私だけじゃありません。

でもなぜか私のカラアウを持っていった。。

そして、私のカラアウで踊った。

そんな小さなこと?

違うと思います。

何かが通じていたから、ふと私のカラアウを持っていった。

私にとってはとても大きな大きな、そして貴重なクムとのコミュニケーションでした。

もっともっとクムを吸収したい。

クムの動き、クムのチャント、クムの気、クムの言葉、クムの目。

一秒たりとも逃すまいと思ったホノルルの夜。

そして、このカラアウは一生大切にします。

 

 

 

 

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